第7回 交通事故記念日~その6

空色のエッセイ

相手の保険会社からの連絡を待っていましたが、なかなか掛かってきませんでしたので、痺れを切らした俺は、事故の翌日に、こちらから電話を掛けました。

「なかなか電話をいただけませんので、掛けさせてもらいました。」

繋がった相手男性に、俺は言いました。

すると、男性は、極めて軽い口調で言いました。

「あ~、すみません。電話を掛けても、どうせ、入院中で出れないと思いましたんで・・・・・。」

俺は、二日連続で、ひっくり返りそうになりました。(笑)

「”どうせ”って、何やねん?ふざけた保険会社やな・・・・・。」俺は、思いました。

相手の保険会社は、保険料の安さが売りの外資系の保険会社でしたので、たぶん、きちんとした社員教育にかけるお金もケチってるんでしょうね。

被害者に支払う賠償金がケチられているのは、当然の事ですが・・・・・・。これは、実際に、俺が経験した話ですから、間違いありません。そうでもせんと、保険料を安くなんか、できませんよね。

賠償金を出し渋る悪徳保険会社と、俺は、約2年に渡って裁判をしていました。この話は、また後日にアップするブログ記事に詳しいです。

書き出すとキリがありませんので、とりあえず、今回は、事故に遭うて、入院するまでで、一区切りにしておこうと思います。

これが、忘れもしない、17年前の”1月11日”に、俺の身に起こった出来事です。

俺は、この日、多くのものを失いました。自営業の職業も、趣味の日本拳法も、大好きやったドラムも・・・・・。

相手の保険会社は、裁判が終わる約2年後まで、賠償金を振り込んでくれませんでしたし、利き手である右手に力が入らない為、車の運転や荷物の積み下ろしが出来なくなった俺は、2008年に始めたばかりの露店での古物販売業を断念して、働きに出ざるを得ませんでした。

2002年に、難病に罹り、しばらく仕事がままならない時期がありました。それでも、2004年に、ずっと憧れやった山の土地を購入しました。2008年に始めた、新たな試みである露店商の仕事では、慣れない環境で、結構な赤字を出してしまいました。

交通事故に遭うた当時、俺は、450万円の借金を抱えていました。

せやから、2009年1月11日は、ゼロからのスタートどころか、実際は、マイナス450万円からのスタートでした。指が千切れかけ、仕事ができず、賠償金ももらえずに、全く先が見えない状況で、借金だけが残されていました。

まさに、俺が、人生のどん底に突き落とされた日、、、、それが、2009年1月11日でした。

2012年5月に、”こゆび庵ヘルパーステーション”を立ち上げるまでの約3年間は、正直、しんどかったですが、その辛い時期を乗り越えたからこそ、今の俺があると思っています。

「事故に遭うて良かった!」

とは、言いません。(よく、皆さん、こないに言うてはりますが。笑)

正直に言うと、短くなって、曲がらなくなった小指が、元通りに戻ってくれた方が嬉しいです。小指がこないになって、良かった事なんか、一つもありません。強いてあげるなら、”こゆび庵”という名称が生まれた事ぐらいですかね?(笑)

まぁ、せやけど、そんなん言うてみたところで、どないもなりません。過去は変えられません。

1月11日は、1が3つで覚えやすいですし、人生のどん底に転落した、俺の原点とも言える忘れられない日ですので、俺は、この日を”交通事故記念日”に制定して、毎年、「初心に返る」べく、気持ちを新たに、美味しく、ビールを飲んでいる訳なんです。

~完~

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