2006.01.18「新年、明けました!」~その2

おまち堂のコラム

僕は、2002年10月の退院以来、自分が病気になってしもた原因をいろいろと分析して、まずは性格から変える必要があると考えました。

熟考に熟考を重ねた結果、僕は病気を治すためには、食生活などの生活習慣を改善するのは、もちろんの事、自分の性格をも変える必要があるとの結論に辿り着きました。

その考えに辿り着いて以来、僕は、ジッとしているのが苦手で、常に何かに追い立てられているかのように、バタバタと行動せんと気の済まない性格から改める事にしました。

病気になる前の僕には、精神的にリラックスしている時間が全くなかった事に気が付き、その点から改めようと考えました。「明日できる事は、今日しない。」のんびり屋になろうと努めました。

具体的には、車を運転している時に、黄色信号でブレーキを掛けて停車する事、停止線で、ちゃんと停車する事、前の車との車間距離を十分に取る事を意識的に実行するように努めました。以前の僕は、黄色信号ではアクセルを踏んでいましたし、車の停車位置は、停止線を越えて、ほとんどが横断歩道の縞々の手前でした。おまけに、いつも車間距離が狭くて、ブレーキを踏むのも遅くて、しょっちゅう追突しそうになってました。僕の車の助手席に座る人は、「思わず(反射的にブレーキを踏もうと)足に力入るわ!」と、口を揃えて言うたもんです。

ついつい、時間に遅刻してしまう悪い癖も直さなあかんと思いました。驚いた事に、余裕を持って家を出発して、早くに到着して、待ち合わせ場所で時間を潰すっちゅう感覚が、以前の僕には、一切ありませんでした。いつも、時間ギリギリに家を出て、運が良ければ時間ピッタシ、運が悪かったら遅刻するんが僕のお決まりになっていました。「時間に追われたくない!」ちゅう理由で腕時計は付けない主義の僕なんですけど、結局は、いつも見えない時間に追われていました。今も腕時計は付けてないし、遅刻癖も完全には治ってないんですけど、以前の僕には、なかった新しい感覚を意識するようには、なりました。

少しずつではありますけども、性格を変えていこうと努力はしています。2002年10月以来、そのような意識改革を、ぼちぼちと進めてきた僕が、2005年1月に拳法再開を決心した事によって、さらにさらに、気持ちが守りに入ってしまいました。

去年、店に来てくれはったお客さんに、よく言われた言葉があります。「お兄ちゃん、金持ちの家のボンボンと違うの?見たら分かるわ。」

「根っからの貧乏人を捕まえて、何ちゅう事を言うんや?」っちゅう感じですけど、ほとんど売り上げの上がらん店で、慌てる事もなく、パソコンや映画鑑賞しながら時間を潰してる僕を見て、そない思いはったんやと思います。比較的に人当たりが良くて、穏やかな性格をしてるんは確かではあるんですけど、”金持ちの家のボンボン”やなんて、今まで言われた事もありませんでした。

体を壊す以前の僕は、自分は、ムチャクチャ健康やと思い込んどって、拳法に、バンドのボーカルに、ドラムに、さらには剣道まで始めてみたり、毎日毎日が慌しくて、「何もせんなんて、時間の無駄や!」と思てました。

親父の店で働いて、給料をもろてて、定期的な収入があった事もあって、まさに仕事は二の次、三の次でした。その同じ人間が、今は、「仕事が第一や!」なんて言うてるんですから、人間、変われば変わるもんです。今になって考えてみたら、当時の僕は、明らかにムチャをしとって、壊すべくして、体を壊してるんですけど、それにしても、まさか自分が難病患者になってしまうやなんて、夢にも思ってませんでした。真剣に、当時の僕は、自分は、誰よりも健康やと信じて疑うてませんでした。

去年の8月に、以前に、一時期だけですけど、一緒にバンド活動をしていた友人から、「以前のやすえもんは、もっと目がギラギラしとった。」と言われました。「ギラギラ」っちゅうのは、自分では分かりませんけど、「健康な体さえあれば、何でもできる!」と考えて、時間の許す限り、何事にも積極的に取り組んでた事は、紛れもない事実やと思います。九州に旅に出る前の僕は、「日本全国に友達をこしらえて人脈を築いたら、今後の人生において、いろいろと役に立つはずや!」と密かな野望にも、ちょっとだけ燃えていました。せやけど、熊本で人間関係のつまづきがあったり、体を壊してしもた事もあって、僕の目のギラギラは、もし、あったんやったとしても、どっかに行ってしもたんやと思います。

2005年の僕が、拳法の試合で惨敗してしもた原因も、そんな事情とも無関係やないと思います。

確かに、昨年の僕の拳法は、攻めが全然でした。自分では、攻めてるつもりでおったんですけど、ビデオ見たりとか、同じ道場生の意見を聞いてみると、やっぱり、僕は全然攻めてなかったみたいです。体を壊して以来、意識的にも、無意識的にも、気持ちが守りに入ってしもて、それに慣れてしもたがために、試合の時でも、攻めの気持ちが沸いて来ぇへんかったんやと思います。

今の僕は、3年以上もの”守りの気持ち”にすっかりと慣れてしもて、”攻めの気持ち”を忘れてしもてるんやと思います。正直なところ、今の僕は、どうやったら”攻めの気持ち”を呼び起こせるんか分からんような状態です。以前の僕は、意識せんでも勝手に、それが、できてたみたいなんで、いざ、今になって、”攻めの気持ち”を沸き起こそうとしても、その方法が、正直言うて、よう分かりません。

せやけど、「2005年の俺は、気持ちが守りに入ってた。」ちゅう、その事に、今の僕は気付いてますんで、2006年の今年は、それを打破すべく、意識的に行動してみようと思てます。「攻めの気持ちがなかったら勝たれへん!」それは拳法においてのみやなくて、人生においても同様やと思います。拳法においても、人生においても、どんだけ守りを固めたところで、全く攻めがあれへんかったら、引き分けはあっても勝ちはありません。勝つためには、やっぱり攻めなあきません。

その事に、ようやく気付きました。その事に気付かせてくれたんやから、2005年の拳法再開、そして惨敗は、決して無駄やなかったと思います。

人は、言い訳をし始めたらキリがありません。「暑い!」、「寒い!」、「しんどい!」、「雨降ってる!」、「風が強い!」、「道が混んでる!」etc.その気になったら、どないに些細な事でも、言い訳にできます。特に僕なんかは、「体があかん!」ちゅう、誰よりも、ええ言い訳を持っています。それを言い出したら、ほんまに、キリがありません。何もできません。

そんなこんなで、今年の僕は、一切、言い訳はやめて、「やるか?やらんか?YESか?NOか?」だけに焦点を絞って、やる以上は向上心を持って、とことんにまでやって、嫌な事、やらん事は、中途半端に引き受けてやったりせんと、ハッキリと断って、曖昧な気持ちでは、一切、物事には取り組まんようにしようと思います。

「あんた、逃げてるわ!」これも、去年の8月に知り合いの人に言われた言葉です。僕は、自分では決して、物事から逃げてるつもりはありませんでした。せやけど、今になって考えてみると、そない言われたら、確かに僕は、無意識の深層心理の部分で、あらゆる物事から逃げてたように思います。余計なトラブルには極力関わらんように、ストレスを溜めんように、体を壊さんようにと、無意識のうちに、物事から逃げる癖がついとったんやと思います。その事に、退院して以来、”守りの気持ち”に、すっかりと慣れてしもてる僕は、気付かんかったんやと思います。物事から逃げる事が当たり前になってしもとって、その感覚が麻痺してしもとったんやと思います。

「果報は寝て待て」言いますけど、2005年の僕は、寝とってええ事なんて全くありませんでした。ほな、どないしたらええか言うたら、自分で動いて、掴まえに行かなあきません。寝て、待っとって幸せになれたら、世の中に不幸な人なんか、いてませんね。

♪幸せは歩いて来ない。だから歩いて行くんだよ♪

勝利の女神はん!今年は、腹抱えて笑ろてもらいまっせ!

2006年、やすえもん頑張ります!

 

~完~

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