僕が、トイレから出るやいなや、さっきトイレですれ違ごた男性が、僕に向かって言いました。彼は、僕が出て来るのを待っていたようでした。
「おまえ、子供にぶつかったんか?」
どうやら、彼は子供の父親やったみたいです。母親も父親も、年齢は22歳かそこらへんに見えました。
「あぁ、ごめんなさい。ちょっと、ぶつかってしまいましたね。すんませんでした。」
僕は、素直に謝りました。
「子供が、顔打った言うやないか!どないしてくれんねん?」男が言いました。
僕は、「おい、おい・・・・。こいつマジか・・・・・。”打った”言うても、ちょっと、コツンと当っただけやないか・・・・。」と内心思いました。
明らかに、これはいちゃもんなんですけど、相手は黒い上下のダボダボの服に、シルバーの目立つネックレスをかけて、腕には、高級そうな時計をはめて、香水の匂いをプンプンとさせている、見るからに頭の悪そうな若い兄はんでした。
無用なトラブルを避けたかった僕は、「えらい、すんませんでした。ちょっと急いでましたもんで・・・・・。」と、丁寧に頭を下げて謝りました。
僕は、子供とぶつかった後に、彼の頭を軽く撫でて謝りました。その時、子供が、僕を下から見上げとった事は、はっきりと覚えています。その時は、全く、痛そうな素振りはしていませんでした。子供が顔を打ったんは、その後の事ですんで、僕とぶつかった勢いで顔を打った訳やなかったです。
ちゅうか、その前に、ぶつかって来たんは子供の方です。僕には、何の落ち度もありません。ぶつかられて困るような子供を、店内で走り回らせるような行為自体にも問題があります。はた迷惑も甚だしいです。そないに大事な子供やったら、ちゃんと首輪をつけて鎖で繋いどくべきです。
せやけど、僕は非常識な人間は相手にせん主義ですんで、とりあえずは、その場を丸く治めるために一生懸命に謝りました。
男性が言いました。「急いでたやと?急いでたでは済まんやろ!?ほな、何か?車で事故起こして、”すんません。急いでましたから・・・・。”で済むんかい?済まんやろ!どないしてくれるんや?俺たち大人やったら、少々ぶつかっても”すんませんでした。”で済むけど、相手は子供やないか!頭でも打って、後々になって、怖い事になったら、どないするんや!?」
僕は、男が真剣な顔して、あまりにも訳の分からん事を言うもんやから、てっきり冗談かと思て、「いや、せやけど、ぶつかった言うても、ほんまに、ちょっと軽く当っただけですやん。」と言いながら、思わず顔が笑ろてしまいました。相変わらず子供は、キャッキャ言いながら、そこらへんを走り回っていました。誰がどない見ても、大した事がないのは明らかでした。
僕が、ニタニタとしてるのを見て、男が言いました。「おまえ、何を笑ろてんねん!何が、おもろいねん!?おまえ、ほんまに、自分が悪い事したと思ってるんか?おまえが子供にぶつかったんやろ?ちゃうんか?」
僕は、アホを逆上させんように、慌てて表情を引き締めながら、再度、謝罪しました。「あぁ、ほんまに、すんませんでした・・・・・。せやけど、ぶつかって来たんは子供の方ですよ。」僕は、言いました。
「子供は、どういう行動取るか分からんもんやろ!そんなん、当り前やろ!おまえは、子供が悪い、言うんやな!?それやったら、それでええわ。ほな、もう行けや!」男は言いました。
僕は、一瞬、もうこれ以上アホの相手するんはやめて、男の言う通りに、そのまま帰ろうかとも思いました。
せやけど、もしそないしたら、後になってから、車のナンバーから僕の居場所を探し出して、「子供の通院と治療費に、こんだけの金が掛った!おまえ、払え!」とか何とか言うてきそうやったんで、僕は敢えて、帰る事はしませんでした。
後日に子供がした別の怪我を、「あの日の通院や!」とか何とか言われて請求されても、かなわんと思ったんで、僕は、何とかしてこの場で話を着けてしまおうと、そこに留まりました。
人間ちゅうのは、不思議なもんで、「帰れ!」ちゅうて言われると、逆に、いろいろと想像を巡らせてしもて、帰りにくくなってしまうもんです。せやけど、今となって考えてみたら、僕は、この時に、黙って帰るべきでした。
これが、この日の第五の失敗でした。
~続く~