その日の晩、僕は、約束の時間である19時に、男の携帯電話に電話を掛けました。
せやけど、男は電話には出ませんでした。
一旦、切った後に、また、すぐ掛けてみたんですけど、それでも、やはり、誰も出ませんでした。
一瞬、僕は、「ちゃんと約束の時間に1回掛けたんやから、後は、もうほっといて、また向こうから掛ってくるんを待とうかな・・・・・。」とも考えたんですけど、そんな事をして、「何で、電話せんかったんや!約束したやないか!」と、相手に付け入る隙を与えるんもシャクやったんで、それから約30分後に、再び電話を掛けました。
すると、今度は、例のぶっきらぼうなしゃべり方で、男が電話に出ました。僕は、理屈っぽく、口をとがらせながら話す、細目で、ちょっと色黒の男の顔を、鮮明に思い出していました。
僕は、男を逆上させぬようにと、可能な限り、丁寧な口調で言いました。
「今日、警察の窓口に相談に行ってきたんですけど、やっぱり、裁判で話つける事にしましょうか。今回のケースでは、僕には、一切、落ち度がないと言われましたんで、お互いに納得するためには、もう、裁判せんとしゃぁないですね。警察の方には、もし裁判したとしても、僕は、負けへんやろうと言われましたわ。もし、僕が裁判に負けて、そこで決まった金額やったら、治療費も慰謝料も、きっちりと全額払わせてもらいますわ。警察の方が言うには、僕からは裁判は起こされへんとの事ですんで、お手数掛けますけど、そちらの方から、裁判起こしていただけますか?」
それを聞いた男が、「それ見た事か!」と言わんばかりの口調で、捲くし立てました。
「ね!だから、僕が言うたでしょ。あなたの方から裁判なんて起こせませんよって!」
僕は、相槌を打ちました。「そうですねぇ。言うてはりましたねぇ・・・・・。」
僕は、男の次の言葉を待っていました。
すると、男は、意外な言葉を口にしました。
「もう、例の件は、よろしいわ。嫁はんに聞いても、わざと蹴ったわけやない言うてましたし・・・・・あの時は、お互いに、頭に血が上ってましたからね・・・・・。それに、保険証を持って行ったら、診察料も安くなりましたからね。」
僕は、ちょっと拍子抜けしてしまいました。
「わざと蹴ったんやない。」ちゅう事は、当日に、口がすっぱくなるほど言うてあったし、相手の方から、ぶつかってきたにも拘わらず、平謝りして、事態を収拾しようと懸命に努めとった僕は、一体、何やったんやろうかと思いました。
それと同時に、「頭に血ィ上っとったんは、あんた一人だけやないか!」とも思いました。
「あれ?保険証は、なかったんとちゃい(違い)ましたっけ?」と、思わず喉元まで言葉が出かかったんですけど、せっかく、相手が手を引くと言うてくれてる状況下で、下手に、男の感情を逆撫でするような事は言わん方が賢明やと、何とか、その言葉は、すんでのところで飲み込みました。
せやけど、僕は、やめとけばいいのに、
「ほな、せめて、最初の診察料だけでも払わせてもらいましょうか?どちらが悪いにせよ、ぶつかってしもたんは事実ですから・・・・・。」と、いつもの癖で、相手の気持ちを考えた、良心的な言葉を口にしてしまいました。
せやけど男は、「いや、もう、よろしいですわ。また、どっかで会うた時は、声掛けさせてもらいますわ。」と、ちょっと「?」な事を言いました。心の広いところを見せようとでも思ったんでしょうか?
せやけど、一言だけ言わせてください。僕は、もう一生、あなたとは会いたくありません。お願いですので、街で見かけても、声を掛けるのだけは、やめてくださいっ!
きっと相手は、当日に、お金を巻き上げられへんかった時点で、かなり自分達に分が悪い事は悟っとったんでしょう。
と、それと同時に、僕が、簡単に、お金を払うような気の弱い人間やない事が分かって、僕から、お金を巻き上げる事は断念したんやないかと思います。
やはり、この手の犯罪には、毅然とした態度で臨まんとあかんみたいです。今回の男のような卑劣な人間は、相手が下手に出れば出る程、高圧的な態度で、相手を丸め込もうとしてくるもんです。
僕は、温和で人当たりのいい性格をしていて、客商売をしているせいか、普段から、かなり腰の低いところがありますんで、そこらへんが、今回、男に付け込まれた原因やないかと思います。それに加えて、この髪型と、下がった眉毛も、全く影響がなかったとは言い切れません。
結局、今回の一件では、相手が、保険の効いた治療費分の2000円程度の出費をしただけで、僕の方の出費は、ありませんでした。
彼らにとっては、自業自得で、いい気味やと思うんですけど、僕にしてみれば、貴重な時間を浪費してしもて、拳法にも行かれへんかったし、病院や、警察署の相談窓口まで行く手間やガソリン代かて、タダやありませんでした。
ええ勉強には、なったと思うんですけど、少なからず、不快な思いをしたんも事実です。
結論から言うと、ムチャクチャ迷惑な話でした。
間違いなく、常習犯の彼らを、何とかして、ぎゃふんと言わせて、くだらん犯罪から手を引かせて、今後も、きっと、増えるであろう被害に遭う人達の数に歯止めをかけたかったんですけど、残念ながら、男が電話口で、脅迫めいた言葉を吐く事はありませんでした。
せやけど、もし男が、そういった言葉を吐いとったとしても、その証拠は、残れへんところでした。
電話機本体による録音方法が分からんかった僕は、何とか、録音機能付きのラジカセを受話器に近づけて、会話の録音を試みたんですけど、残念ながら、録音されていたのは、僕の声だけでした・・・・・。
やっぱり、取り扱い説明書は、ちゃんと、いつでも見れるように、決まった場所に保管しとかなあかんな・・・・・。
まぁまぁ、せやけど、とりあえずは、結果オーライという事で・・・・・。全てが丸く収まって良かったです。
全ては、僕が、極力、相手を逆上させんようにと、終始、頑張った成果やという事にしといてください。
最近は、物騒な世の中ですからね。下手に諍いを起こすと、ナイフで刺されたり、家に火ィつけられたり、車に傷を付けられたりされかねません。
皆さんも、気ィ付けてくださいね!
せやけど、この手のトラブルでは、毅然とした態度が、やっぱり、必要ですね。相手に、付け入る隙を与えへん事が、一番、重要やと思います。
せやけど、一番、必要なんは、毅然とした態度で応対してくれはる警察官を呼び寄せる”強運”なんかも知れません・・・・・。警察官に、当り外れがあるようでは、ほんまは、あかんのですけどね・・・・・。
当たり外れは、アイスクリームだけで十分です。最近のアイスクリームに、当り外れが、あるんかどうかは別として、僕は、心から、そないに叫びたい気持ちです。
”I scream!”(私は叫ぶ。)、、、、、
今日のオチは、今回の僕が置かれた状況と一緒で、ちょっと苦しかったでんな・・・・・。
~完~