2013.08.05「夏の思い出」その12

その他

僕らは、とりあえず、人波に流されながら、商店街を南下しました。

天神橋筋3丁目辺りまで来ると、それはもう、ものっそい人でした。

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露店の数も爆発的に増え、見渡す限り、通りは、まさに”祭り一色”でした。

夏の暑さと人々の熱気が入り混じった商店街を歩いていると、次第に喉が渇いて来て、むしょうに、ビールが飲みたくなって来ました。

ほんでもって、フランクフルトも食べたくなったんですけど、ズボラヤで満腹になってから、まだ1時間程しか経っていませんでしたので、こちらは、”むしょうに”、という程ではありませんでした。

当然、生ビールは、通りの、いたるところで売られていたんですけど、なかなか、ゆっくりと座って飲めそうな場所がありませんで、首を左右に振りながら、「おっ!ここでも売ってるわ。400円!」、
「あっ!ここにも!ここは、300円や!」と眺めるだけで、なかなか、足を止めるタイミングがありませんでした。

僕達は、緩やかな人波に流され続けていました。

途中、何故か、A子が、かなり真剣に、金魚すくいをやりたそうに眺めていました。

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僕は言いました。

「やったら、ええやん。」

A子が言いました。

「でも、家まで持って帰れんわ~・・・・。」

彼女が、本気で金魚すくいをやりたかったのか、あるいは、僕がやっているところを見たかったのか、はたまた、ただ単に金魚が欲しかっただけなのか、その真意を量りかねた僕は、それ以上、彼女に、やるようには勧めませんでした。

もし僕が、16歳の高校生やったら、彼女に、ええところを見せようとして、金魚すくいをやっていたのかも知れませんが、もはや、僕は、小学生の子供達と並んで、真剣に、金魚をすくって、アルミのお椀を金魚で一杯にして許されるような(?)年齢ではありませんでした。

僕らは、人混みを避けて、ゆっくりと座ってビールの飲める場所を探すべく、商店街を左折しました。

商店街を一歩外に出ると、ビックリする程、急激に、人の数が減り、アーケードの外は、まだ、空が明るかった事に気付かされました。

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遠くに、寄席の天満天神繁昌亭が見えています。

「お~っ!こんなところに、あったんかぁ~~~っ!」

ニュースや新聞なんかでは見た事がありましたが、実際に、この目で見るのは初めてでした。

繁昌亭を左手に見ながら角を曲がると、いつしか、僕らは神社の境内に到着していました。

「ここが、祭りの中心なんかな?」

と僕は思ったんですけど、それにしては、えらい小さな境内で、これだけ盛大な、日本の三大祭の中心地にしては、あまりに迫力のない神社でした。

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「登龍門」がありました。これが、あの言葉の語源の門なんでしょうか?

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「で、そもそもにおいて、ここ何ちゅう神社なん??」

どうやら、僕らは、裏から境内に入っていたようで、大きく立派な門をくぐって、外に出て初めて、その神社の名前を知りました。

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「あ~!大阪天満宮かぁ~~~!そない言うたら、名前は聞いた事あるわ。こんなとこに、あったんや!」

そない言うたら、僕は、2008年に露店商をしていた時は、毎月25日に、京都の北野天満宮で店を出していました。

この北野天満宮で開かれる月1回の縁日の事を、そない言うたら、皆、「天神さん、天神さん」と呼んでいました。

「天満宮の事を”天神さん”と言うて、その天神さんのお祭りが、天神祭やったんや・・・・・!」

天満宮と天神祭の関係が、ようやく頭の中で結び付き、また一つ賢くなった、30代最後の夏でした・・・・・。

~続く~

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