2006.04.02「究極のいちゃもん」その7

おまち堂のコラム

僕は、「冷静に、向こうで、落ち着いて話しましょうよ。」と、男を待ち合い場所のベンチに誘いました。

それを聞いた男は、「あなたが、”後遺症が出る”とか訳の分からん事、言い出すからでしょう!僕かて、落ち着いて話がしたいんですから!」と、まだ興奮の冷めやらない口調で言いました。

それでも、十数歩歩いて、ベンチに腰掛けるまでの間に冷静さを取り戻した男が、座るや否や、切り出しました。

「それじゃ、あなたは、どないしたら納得するんですか?」

この言葉は、恐ろしく愚問でした。僕は、何があっても、納得なんかできようはずがありませんでした。僕は、黙っていました。

すると、再び、男が切り出しました。「それじゃ、治療費が折半やったら納得が行くんですか?」

僕は、「う~ん・・・・・。」と声を絞り出しながら、ちょっと考えました。

今となっては、相手がお金を欲しがっているのは明らかですんで、治療費を折半にする事に同意したら、僕と同じだけ相手も出費がかさむ事になりますんで、金目当ての人間が、そないなアホな事をするはずがありません。僕は、その条件やったら呑んでもええかなと思いながら、「う~ん・・・・・そうですねぇ・・・・・。」と、男とは目を合わさずに、足元の白いタイルに視線を落としながら、曖昧な返事をしました。

すると、男が言いました。「それじゃ、こうしましょう。僕は健康保険に加入してませんので、治療費には保険が効かないんですよ。だから、治療に1日だいたい1万円かかるとして、それで10日ぐらいは通院する事にしましょう。後遺症の事とか心配ですからね。10日通院すると、10万円かかりますから、その金額を折半にして、5万円で示談にしませんか?それだけのお金をもらったら、通院費は、全部こっちで出しますし、万が一、後遺症が出た場合でも、一切、文句は言いませんわ。そのお金で、全て、こっちが工面させてもらうという形でどうですか?」

どない考えても、男が通院なんかせん事は明らかやったんで、僕は言うてやりました。

「僕は、別に、お金が惜しい訳やないんですよ。僕とぶつかった事によって、お子さんが怪我してはりますんで、僕は、その事を心配してるんですよ。あとあとになって、後遺症でも出ようもんなら、お子さんの未来は、台無しやないですか。それやったら、きっちりと治るまで何回でも通院してくださいよ。治療費は、僕が半分持ちますんで。」僕が、このセリフを、噴出さずに真顔で、最後まで言えたんは限りなく奇跡に近かったと思います。

それを聞いた男が、言いました。「僕は、保険が効かんのですよ。完治するまで通院するとなると、とんでもない金額になりますよ。それでもいいんですか?」

僕は、答えました。「しゃぁないですね・・・・・。ぶつかってしもたんは事実ですんで・・・・・。自分の責任は、きっちりと取らせてもらいますわ。通院の領収書さえ持って来てくれはったら、半額は、僕が負担させてもらいますわ。」

男の口調が、少し変わりました。「はぁ?何でこっちが持って行かなあかんねん。こっちは被害者やぞ。」

僕は、答えました。「あぁ、そうですね。ほな、僕の方から取りに行かせてもらいますわ。」

男の口調は、また元に戻りました。「うちも金持ちやないですからね。毎日、治療費全額を立て替えるとなると、相当な負担になりますわ。それじゃ、毎日、領収書を取りに来て、お金払ってもらわんとあきませんよ?できるんですか?」

僕は、「う~ん・・・・・。」と低い唸り声を上げた後に、答えました。「そうですね・・・・・。ほな、しゃぁないですわ。毎日、行かせてもらいましょうか・・・・・。」

男が、苛立った口調で言いました。「ほんまに、いいんですね?それやったら、後遺症が出た場合も、きっちり最後まで責任を持つ事になるんですよ。それで、大丈夫なんですか?」

僕は、黙っていました。

とその時、顔を真っ赤にして泣きじゃくる”千猫坊や”が、パンダの母親に抱きかかえられながら、診察室から出てきました。どうやら彼は、何かあったら、すぐに泣くように躾けられてるようでした。

男は、イスから立ち上がって、彼らを出迎えに、受付近辺まで行きました。

男は、パンダの女性に言いました。「どうやった?ついでに、脳に異常がないか、CTスキャンもしとこうや。」

男は、腰を少しかがめながら、受付の窓口に向かって「CTスキャンもお願いできますか?」と、ぶっきらぼうな敬語で言いました。

それから、彼ら3人は、待ち合い所のベンチのところまで歩いてきました。イスに腰を掛ける前に、男がパンダの女性に言いました。「あの人も、後遺症が出るかも知らんから、診察するとか言い出してな・・・・・。」

それを聞いた女性が、言いました。「え~っ?嘘ぉ?子供が、ぶつかって?有り得へん!」

これが、僕がその日に聞いた、彼女の唯2回の最後の言葉でした。

男が、女性と子供から少し離れて座る僕のベンチに歩み寄って来て、隣に腰掛けました。

「万が一、脳に異常があったら困りますんで、CTスキャンもやっとこうと思いますわ。保険が効きませんので2~3万とか掛るでしょうけど、半分は出してくださいね。後から、ちゃんと領収書もらって見せますんで、それでいいでしょ。」

僕は、ちょっと面倒臭くなってきてたんで、幾分、投げやりに答えました。

「そうですね・・・・・。」

そして、しばらく間を置いて、男が続けました。

「同じ豊中市に住んでる人間同士なんで、そのうちに街で出くわす事とかも、あると思うんですよ。僕は、その時に、お互いに、わだかまりとか残したくないんで、できれば、今日この場で、話を着けてしまいたいんですよ。」

僕は、答えました。「それは、僕だってそうですよ。せやけど、後遺症が心配ですからね。きっちり治療しとかんと怖いんで、こればっかりは、今日中に話を着けるんは無理と違いますか?治るまで、しばらく通院してもろて、その間に、僕は法律相談とか行って、どないするか考えさしてもらいますわ。」

その時、診察室の廊下の方から、白衣の男性が姿を現して、男の名前を呼びました。被害者3人は、男性の方に歩いて行きました。

白衣の男性は、言いました。「準備ができましたけど、どうしますか?」

被害者3人は、白衣の男性の後について歩いて行って、僕の視界から姿を消しました。

 

~続く~

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